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Ich und Duphoto

03/2025

Tomonori Koyama

「私が見る」ことは「私からしか見えないもの」を見ることである。しかし、私が見ようとしたものを見つめたとき、私は対象から同時に見つめられてもいる。そのとき、ただ見るだけの対象だった「それ」は「あなた」になる。

「私」と「あなた」が同時に見合うものは「時間」として確かに存在する。その時間は光によって照らされ「記憶」になる。見られることで生まれ合うものがそこにある。