JOURNAL
風土に生きる–

移住して2年が経った。ここに来た意図などを少し振り返ってみようと思う。
都市部にいた頃は競争の連続だった。まず労働は美徳とされ正当化される。たくさん働いても労働はどこかで搾取され、その労働で得た対価を使い消費を促進される。その消費は誰かによって駆り立てられた欲望でしかなく、誰かとの比較が常にある。目も耳も、自然の景観も、発する言葉さえも資本に回収されていく感覚があった。
そして誰かが得をすれば誰かが損をする社会である。多様という名の画一化。身体機能は去勢され、イデオロギーにまみれたインフラに身を沈めて、関心と注目を奪い合う。これでいいわけがない。軸足は人と人工物ではなく、花鳥風月であるべきだと感じていた。
洪水のように押し寄せる情報を断絶して、生きた自然=風土から人がどうあるべきかをあらためて考える。持ち物も経歴も関係性もすべて手放して、身体ひとつで島を歩くと見えてくるものが確かにあった。
ここでは知足が基本。死はより普遍的だ。「何もない」が「ある」ことを「無何有」という。