JOURNAL

身心脱落

近くの鳥は眺めの良いところが好きらしく屋根の角などでじっと世界を見つめている。

鎌倉時代の禅僧、道元が「身心脱落」という概念で表した状態がある。意識的に求めるのではなく、今をただ成すことで気付くことがある、ということだと理解している。

自分というのは常に何かを求めているようでもあるし、常にただ何かを成しているだけともいえる。世界をあるままに見つめることが、ただ成すことに代わることもある。

「あるままであること」を求めると成すために為る必要が出てくる。そしてただあることはすぐに過ぎ去っていく。これは時間の話なのかもしれない。