JOURNAL

ヘラクレイトスから

「対峙するものが和合するものであり、もろもろの異なったものどもから最も美しい調和が生ずる」とヘラクレイトスが言うように、自然と人は相反するものとして和合を目指すがゆえにその過程が美しい調和として「人には」認識されうる。

人は人の相関の内/外を意識的に選択するが、それさえも人の思惟だということへ取り込まれるこの差異吸収のシステムを否定した際、まったくもって「それらしくない」文脈を、「それらしい」ものとして受け入れることへ人は到達できるのだろうか。