JOURNAL

知覚

写真を知覚するとき、写真の対象の正面は、
その写真から想起されるものの反事実的な知覚を含むことを余儀なくされている。

写真が記録以上を望むとき、写真は無限の想起の連続からその正面性を無意味にし、情報のレトリックの海で、誰が最も混じり気のない原料をすくい上げられるかというゲームをしている。

人は写真に何か大きな期待をしすぎたのかもしれない、と思うことがある。