JOURNAL
意識–
意識とは何だろうか。
ある説では人の意識は3,000年前に発出したとされ、言語における比喩や書き文字がそれを可能にした。内的な思考言語で時間を空間化したことで、時間の向きが意識を生んだようだ。
それまではいわば自己意識がなく、右脳(神のお告げという幻聴)に従う「二分心」だったという(そしてこれは統合失調症の状態と近いらしい)。
我々は日々毎秒何百万ビットの無意識を生成し、それを元に何かしらの判断をするのだが、トール・ノーレットランダーシュやベンジャミン・リベットによると、これら膨大な情報が無意識の経験パターンで凝縮され、数十ビットの意識として処理される。
つまり私たちの言動は起こる0.5秒前にアルゴリズム的に決定されている。そしてそれを実行に移す寸前――0.1秒前に踏みとどまる自由しか与えられていない。
無意識の膨大な情報は捨て去られるにも関わらず、私たちは自分で何かを選んだと「思わされている」。
これが神経生理学上での事実だ。
一方、スピノザにおいては人間には自由意志はないと言う。全ての個物は神を原因としているからだそうだ。
意識は生まれた。しかし幻想だった。これが言語の弊害なのだろうか。
この「今」を「ある」としているのは何なのだろうか。