JOURNAL

トランスヒューマン

人が書くということは人格の継承のスタート地点に点を打つことだ。それが線となりタイムラインが生まれればver2、ver3としての「私」は認識される可能性が増す。

生が死への抗いである以上、人は書くことを止められない。

人が死を受け入れたとき、それらは本物の文学になるのかもしれない。