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㐂日について

㐂日は日本、沖縄の宮古島に拠点を置く瑚山朋令の日常のスタジオです。
論理的思考をもとに未知なるものの可能性を視野に入れ、地続きの
新たな価値(ストーリー)の在り方を様々な媒体にて思索します。

↓日常とは

なぜあえて「日常」か。

人は自然界の膨大な無秩序を経験することはできても、極単純化した模倣しか成し得ません。またそれらの経験の共有も、意味の分節という形態を取る言語によって成される限りにおいて、自然との不完全な同一性を感じてしまいます。では自然における直接的関心―もののあはれ、を人はどのように感じ認識すればよいのか。

精緻な論理認識や0→1の過剰な身体的鍛錬ではなく、また没入型の宗教的儀式等に委ねるのでもなく、ただ、この「現在」性、つまり常に失われていくこの非連続な「今」、刹那滅の遅延を喜べば、またこれからくるであろう「未知なる現在」の繋がりの自由に目を向けることができるのではないか。

私はこの来たるべき日常を㐂日と名付け、ただ作ることを良しとする日常の現れに、人の愚直な肯定を見出したいと思っています。

瑚山朋令 Tomonori Koyama

1981年生まれ。京都工芸繊維大学大学院工芸科学研究科卒。
認識論、美学(オクトーバー派)、表象文化論を発端に、文脈のデザイン設計における
ブランディングの傍ら、作品制作、写真、詩作、及び考察を行う。
一時自己免疫疾患により倒れ長期休養の末、再スタート。

現在は沖縄県宮古島にて、生命思想や有機哲学を横断しながら、
発生的な生命から離れゆく人類が自己をどう再定義し、
また表象として如何に現れ再認識されるか、
意識と知によるヒエラルキーは如何に非絶対的となり得るか、
というテーマで制作をしている。

https://tmnrkym.com

石野朝子 Asako Ishino

㐂日(きび)とは

「喜」の草書体*1である「㐂」に「日」を加えた造語。

「㐂」は、発起人の名や祝言葉、関連する古典などを参照し繋げることで
度々身の回りに現れた語であったこと。また「㐂」を構成する「七」は
大字*2で「質」とも書くことから、質を備えた喜ばしい日という
意味合いを持たせています。